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 有限の経済考


亡国の危 匹夫の責
いつまでも治まらない放射能もれに広がる不安、東電の当事者意識の感じられない状況報告と政府のあいまいな発表。諸外国は日本の政府広報を信用せず独自に自国民の非難をさせ始めた。
食品などの買占めが全国に広がり、一時東京では外を歩く人もまばらで、マスクをしている人の率も大変高かった。福島の野菜に対する買い控え、東北の工場は総じて操業ストップ、その他の地域でも計画電で生活活動は動かない。当然、東日本の食品以外の各種小売業は軒並み売上が落ち込んだ。
正に日本は沈没の危機と思えた。特に最初に海水を注入しながらまた真水に変えるなど原子炉を守ろうとしている作業は、放射能漏れが及ぼしている日本の現状をまったく認識していない。何とか炉を守ろうとしている東電のエゴイズムと、それを放任している見識のない政府というイメージが見えてくる。
このままでは、本当に日本は立ち上がれなくなってしまうかもという思いが走った私は、仲間とミーティング中であったが原発をコントロールしている保安室へ電話をかけ、幸いうまくつながり技術者と話ができた。これは国が廃炉を発表する前日の夕方である。
私は現在の経済状況、外国人の対応など自らが知ったことや実感から「これ以上の原子炉の延命対策は日本を立ち上がれなくするので、即時廃炉にして放射能の封じ込めに集中し、それを国の意志として発表して欲しい」と要望した。
「原子炉は再生できるのか」との私の質問に、「私見としては無理」という電話口の技術者に「それならなぜ上申しないのか、あなたは日本を潰すことに加わることになるのではないか。」と問いかけた。「わかりました上にそういいます」いう返事を聞いてから私は電話をきった。
それがどのような影響を与えたのか知るよしもないが、翌日廃炉の決定が発表された。一市民の意見で国が動くなどと思い上がってはいないが、やるべきことをしたという思いは残った。
今でも相変わらず放射能漏れ対策は苦戦を続けているが、打つ手が広がり、いつまで続くかわからない不安感が一応底を打ったようにも思える。
世界中からの応援、日本でも学生や子供たちも何とかしようと動いている中、亡国の危には匹夫といえども何かをする責任はあるのであろう。

もう一つのTPP論議を
政府は、TPP締結に向け準備を進めている。この問題は、国内の経済学者が賛成派と反対派で討論されており、経済誌でも多く取り上げられている。その主たる論旨を拾ってみると、

   <賛成派>    <反対派>
国内の閉塞感を打開できる。 農業が壊滅的打撃を受ける。
自由貿易を進めないと、グローバル化する世界に取り残される。 米国の制度を押しつけられる。
TPP加盟国に企業が生産拠点を移し、日本の空洞化が進む。  貿易自由化は進んでいる。米国・豪州と今さら結んでも効果は少ない。
開国なしでは日本の産業は活力を失う。 WTOの関税率は低い。今さらTPPに参加しても得るものが少ない。
保護政策を維持していては日本の農業の改革はできない。 低価格商品の流入でデフレ進行、労働市場の悪化の方が大きい。

グローバル化の進む現在では、この論議は賛成派の方に歩があるように見える。
しかし、このテーマにはもう一つ大切な視点が欠落している。そもそも、これ以上自由貿易によって経済を伸ばしていくことが全人類、否、地球的に正しい選択なのか? という点である。
自由貿易を進めていくメリットの中に、「国内の非効率な分野の資本や労働力を生産性の高いところへ振り向けられる」がある。確かにそれによって国の経済の活性化という視点での合理性はある。
しかし、その先に現れるであろう世界の経済の形を考えてみて頂きたい。世界中が効率と生産性だけを追求した地球の姿である。
韓国は食料の確保を海外に求め、マダガスカル島に99年間の契約で農地を借りた。この地域は全て農地になり、自然や地域の環境バランスには配慮されないであろう。農作物の生産量を増やすため、近代農法により、土壌に肥料と農薬が大量に投入されることになり、こうした土地には二度とマダガスカルの自然は戻らないだろう。
日本も土地が狭く生産性が低いという理由から、国内での農業をあきらめ、ジャワやボルネオのジャングルを買い取り、農作物をつくるようになったらどうなろう。その地は再び自然豊かな森には戻るまい。そして、そうなる可能性は高いと思う。
韓国はそういう経済システムを構築して世界に輸出を増やしている。彼等と同じリングに上がるということは、そういう方法をとることを意味している。
環境問題や生物の多様性危機を叫びながら、一方でその元凶となる経済の考え方や仕組みは全く逆のことをやろうとしている。いきつく問題はそこにあるのに、著名な経済学者や評論家の主張や論評にこの視点が全くない。
生命の多様性は環境の多様性で維持されるのだ。効率、生産性や利害の論議を超えた論議を求めたい。

日本力
東日本大震災で、「忍耐強い」「パニックにならず節度をもった行動をしている」「皆で助け合い、強奪などない」など、日本人は予期せぬ賞賛をされている。
しかし、我々日本人からすれば、関東大震災、阪神淡路大震災でもまったく同じであったし、特別日本人が優れた民族性を持っているなどと思う人は少なかろう。外国から言われて、「そうなのか!」と知ったというのが多いのではなかろうか。
私は少々ヒネた(?)物の考え方をする癖があるので、こんな仮説を立ててみた。
アングロサクソン、ゲルマン、漢民族、その他世界中から民族を集めて日本列島に住まわせ、何千年かたったらどうなるだろう。彼らはやはり今回の災害で今の日本人と同じ態度や行動を取ると思われる。
なぜなら、人間の生き方、宗教、哲学などは、すべてその地域の気候、風土、地勢特性などから作られると考えているからである。体格にしても、小さな島では動物の個体は大きくならないとの法則があり、日本の野生の動物も大陸のそれに比べればほとんど小さい。
ネズミやリスや蜂、何か昆虫にしても日本産は、外国種に攻撃されると弱い。日本の政治が外国に攻撃されると弱いのは、風土がつくり出した宿命と思っている。
しかし、そんな日本には八百万の神や自然の恵みに感謝し、畏れ、自然と共に生きる知恵が身に付いている。これがこれからの日本力の源泉になると私は考えている。
話は飛ぶが、外国から人気のある日本のマンガやアニメ、ゲームなどは、その表現技術の巧みさ以上に、人間によってつくられた神(一神教)の倫理観に縛られていないことが魅力になっているのではないだろうか? またコスプレやギャル系スタイルなどは、それが美しいか否かより、他の国にはない自由なスタイルに感動するのではないのか !
国の内外から日本再生、ガンバレ日本 の声があがっているが、私は再生についてまったく心配はしていない。地震、津波、火災、台風などは何千年にもわたる日本人の生活の一部であり、いつもゼロから立ちあがるというのはDNAの中に組み込まれているからだ。
それより、ポップカルチャーのコンテンツのもとは日本のものであるが、そのビジネスが世界に遅れをとっているのは、マンガ、アニメ、ゲームなどを食品やファッション、エンターテイメントなど様々なサービスとコンソーシアム(共生)化できていないことが原因である。
これらに学び、これから建て直す日本の村や町、農業、水産業、エネルギーと都市などをまったく新しい観点で総合的に組み立て直し、世界のモデルカントリーにしていければ、後生の人々に大きく役立てるはずである。これができてこそ本当の日本力が発揮できるのではないだろうか!

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